■町田琉について

町田の活性化の為、町田市中央地区商店会等が中心となり、 1988年に「フェスタ町田」を開催。
そのフェスタ町田を毎年開催する中で、町田市と友好都市である沖縄市から 沖縄の伝統文化である、エイサーを披露してもらおうと、 沖縄市並びに市青協との協議の結果、1996年に沖縄市胡屋青年会が参加。
その後、沖縄市より各青年会に毎年参加してもらっている。

この交流が続くなか、 町田の青年たちから「町田にもエイサー団体を!」という声が出始めた。
その声に応えるべく 「町田市」「町田市中央地区商業振興対策協議会」 「町田市青年経営者研究会」 が中心となり、 エイサーを通して新たな沖縄市との関係を築き、更なる町田市の発展を目的として、市青協並びに胡屋青年会、その他協力団体の支援と、一般市民参加により、1999年4月に
「町田エイサー」を創立した。

特に有効関係を保っていた胡屋青年会の指導のもと、 青年経営者研究会の会員数名で、1999年5月に新たなエイサー団体 「町田 琉」を創立した。 同年のフェスタ町田終了後、「町田エイサー」は解散し、 「青海波」「町田琉」の2団体がそれぞれに活動していく。

その後、町田市内を基盤とし、町田市の発展の為、 「胡屋青年会」・「エイサー後援会」・「中対協・青研・町田市等」 の支援のもと、町田市内外のイベント出演協力を毎年行い、現在に至る。













inserted by FC2 system